我が家の娘は0歳から保育園に通っていて、今年で3年目です。
仕事をしている以上、この生活を後悔しているわけではありませんが、一緒に過ごす時間が短い分、愛着形成に影響はないのかなと考えたことは何度もありました。
2歳になっても先生に抱っこしてもらわないと登園出来なかった娘ですが、新年度に入って1ヶ月ほど経った頃から「ママ、お仕事終わったら帰ってきてね」と言って、笑顔でバイバイできる日が続いていました。
「やっと慣れたのかな」と安心したのも束の間、近頃また泣く日が増えてきたのです。

保育園3年目なのに、まだ泣くの?
そんな思いで検索してみると、多くの記事では以下のように書かれていました。
- 泣くのは最初の1、2週間
- 長い子で半年
- 1年以上は稀
私がますます心配になったのは、言うまでもありません。
この記事では、愛着理論を学び直し、作業療法士かつ一人の母親として考えたことをまとめています。
私が検索して感じた違和感
登園時に泣くことについて調べると、「母子分離不安」という言葉にぶつかりました。
このように書かれた記事もありました。
確かに、愛着形成は子どもの発達にとって重要です。0歳から保育園に預けてきた私は、娘が登園時に泣くのは「早すぎる母子分離が原因だったのでは」と考えてしまいました。
でも…
記事を読みながら私は疑問を感じました。
娘は、登園時には泣くものの、先生に抱っこしてもらい私の姿が見えなくなると、気持ちを切り替えて遊び始めているようです。

年齢や泣く期間で、愛着について判断してしまっていいの?
母親との愛着だけが、そんなに大切なの?
そう思い、改めて愛着理論について調べてみることにしました。
娘の様子を整理してみた
検索しているうちに、「泣く」という一つの行動だけを見て、不安が大きくなっていることに気づきました。
そこで、娘の様子を改めて整理してみることにしました。
気になる様子と成長を感じる様子
気になるのは、やはり登園時の様子です。
これだけを見ると、「母子分離がうまくできていないのかな」と心配になります。
一方で、成長したなと感じる姿もあります。
また、一時期は「ママ、お仕事終わったら帰ってきてね」と言いながら、笑顔でバイバイできる日が続いていました。これは、見通しが育っているという面でも大きな成長です。
娘の気質
思い返すと、娘は赤ちゃんの頃から私にピッタリくっついて、周りをよく見てから動き出すタイプだったように思います。初めての場所や人の多いところでは、抱っこばかりでした。
初めて会う人には笑顔を見せるものの、自分から近づくには少し時間がかかります。「まず安心してから行動する」という娘らしさは、今振り返ると一貫していました。
このような慎重さや環境に慣れるペースには、生まれ持った気質の個人差も関係すると考えられています。
子どもの発達は、一度できたらそのまま一直線に進むものではなく、行ったり来たりしながら少しずつ進みます。
気質によって安心するまでに人一倍時間がかかっても、その子なりのペースで少しずつ育っていく。娘の様子を整理しながら、愛着も同じなのかもしれないと感じました。
愛着理論を調べてわかったこと
愛着理論について改めて調べてみると、記憶の中のイメージとは少し違っていました。
愛着は「強さ」ではなく「関係の質」
まず、一般的によく言われる「愛着が強い・弱い」という考え方自体、愛着理論とは少し違うということでした。
愛着理論で大切なのは、どれだけ親から離れられるかではなく、「困ったときに安心できる人を頼れる関係ができているか」という関係性の質です。
そのため、「泣く=愛着が強すぎる」「泣かない=愛着が弱い」と単純には考えません。
泣くことだけでは判断できない
ここで大切なのは、登園時に泣くこと自体が愛着の問題になるというわけではないということです。
安定した愛着が育っている子どもでも、大好きな人と離れる場面では泣くことがあります。
愛着理論では、不安になった時に戻って慰めを得る場所を「避難所」、そして安心したら、勇気を持って外の世界を探索するための出発点を「安全基地」と表現します。
子どもは不安や疲れを感じたとき、この「避難所」で安心を取り戻し、また遊びや挑戦へ向かっていきます。
だから、安心できる存在と離れる場面で泣くこと自体は当然とも言えます。
離れた後の過ごし方が大切
大切なのは、「泣いたかどうか」ではなく、その後どう過ごせるかです。
安心できる大人に気持ちを受け止めてもらい、少しずつ遊びや活動に戻っていけることが、愛着を考える上では重要だと知りました。
さらに興味深かったのは、愛着研究では別れ際だけでなく、再会したときの様子も大切にされていることです。
迎えに来た保護者を見て安心した表情になる、抱っこなどで安心を求める、安心したあとにまた自分らしく過ごせる。
そうした一連のやり取りを含めて、子どもが「安心できる人を安全基地として使えているか」を見ているのです。
「朝泣くこと」だけに目を向けるのではなく、一日の流れや子どもの姿全体を見ることが大切なのだと、改めて感じました。

愛着は母親との関係だけではない
そしてもう一つ、とても重要な点がありました。
私は母子分離の記事を読み、「0歳から保育園に預けたことは、娘の愛着に影響してしまったのだろうか」と不安に感じていました。ママとの愛着は、とても大切だと思っていたからです。
しかし、近年の研究で子どもは、パパはもちろん祖父母や保育士さんなど、複数の養育者とも愛着関係を築いていくことがわかっています。そして、特定の誰かだけが際立って重要というわけではないとも示されていました。
つまり、「お母さんと離れること」自体が問題なのではなく、離れたあとにも安心できる大人がいて「大丈夫」と感じられることも、子どもの育ちには大切なのです。
娘の保育園での様子も、「安心できる大人が園にもいる」という見方ができるのだとわかり、少し気持ちが軽くなりました。
愛着は固定されたものではない
また、愛着は一度できたら完成するものでも、うまくいかなかったら取り戻せないものでもないと考えられています。
子どもの成長や生活環境、その時々の経験によって、安心の感じ方は少しずつ変化していくようです。
子どもの発達は階段を一段ずつ上るように進むのではなく、行ったり来たりしながら育っていくものです。
愛着も同じで、成長や環境によって甘えが増える時期もあれば、自分から離れていける時期もあるということだと思います。
一時期は笑顔でバイバイできていたのに、また泣くようになった娘の姿も、後戻りと捉えるのではなく、心の揺れや成長の一つとして見てみようと思えるようになりました。
今の私が大切にしたいこと
愛着理論について調べても、「こうすれば大丈夫」という答えがあるわけではありませんでした。
子どもの成長や環境・人間関係の変化など、さまざまな要因が重なりながら育っていくからです。
私なりの結論は、将来を心配しすぎるよりも「今日できることを大切にする」ということです。
そして、娘が「食べさせて」と甘えてきたり、「ママと一緒がいい」と言ったりする時期があっても、「まだ自立できていない」と焦らないこと。
きっと、娘なりの理由があって自立に傾く日もあれば、安心を求めたり甘えたりしたい日もある。そうやって行ったりきたりを繰り返しながら、少しずつ世界を広げているのだと思います。
「困ったときには安心できる人を頼っていい」「必ず迎えに来てくれる」「自分は大切にされている」と感じられる毎日を積み重ねていくことは、きっと無駄にはならないはずです。
まとめ
娘は保育園3年目ですが、まだ登園時に泣く日が沢山あります。
娘が朝泣く姿を見ていると、「どうしてこんなに離れたくないんだろう?」と思うこともあります。
でも、愛着理論を学び直してみて、娘にとって私が「安心できる存在」だからこそ、離れる場面では気持ちが揺れることもあるのかもしれないと思えるようになりました。
そして、朝は泣いていても、娘なりに「保育園で安心できる関係を築きながら頑張っている」ということに目を向けられるようになりました。
「いつになったら泣かなくなるんだろう」と気を揉んでいた私でしたが、今は「今日も安心して過ごせたかな」と娘を見る目が変わりました。
だから私は、朝泣く娘を見ても必要以上に心配するのではなく、「今日も迎えに来るからね」と笑顔で送り出したいと思います。そして、家庭でも保育園でも、娘が安心して世界を広げていけるよう見守っていきたいと思っています。
※この記事は私たち親子の経験をもとに、愛着理論について学び直した内容をまとめたものです。子どもの様子には個人差があり、長時間活動に参加できない、強い不安が続くなど気になることがある場合は、園や専門機関にも相談してみてください。
保育園での朝の別れには、気持ちを切り替える力も必要です。この力は年齢とともに少しずつ育っていきます。


